転ばぬ先の手袋

 

とても寒い日、私はある先輩と歩いていた。ポケットに手を突っ込んでいたら、「手袋をしなければいけませんよ」という助言をもらった。年をとってくると足がもつれたり、十分に足が上がっていなくて何かにひっかけたりということが多くなる。ポケットに手をつっこんでいて転倒でもすると大けがになる。寒いと、つい手をポケットに入れてしまうことになるから、「手袋をしなさい!」と言われた。良い考えであるということで、それ以来毎年実行している。これは、危険度は違っても若い人も同じである。手が自由になっていれば、生か死かという場面で助かる側に落ちるのではないかと思う。杖ならぬ、転ばぬ先の手袋である。

 「転ばぬ先の・・・・・・」と言えば、エスカレーターの上の方に乗っていた人が何らかの理由で落ちたというニュースがあった。そのため何人もの人が将棋倒しになって、下にいた人間が大怪我をしたという。もし上にいる人間が失神でもして落ちてきたら何ができると考えながら、エスカレーターや階段で気をつけて見ていた。すると半分以上の人がステップに踵を乗せていない。つま先だけをかけて登って行くのだ。そして気がつけば、自分もそういったやり方で階段を使っていた。女性だってハイヒールのヒールがステップに乗っていない人がけっこういる、これでは上の人が将棋倒しに落ちてきたら踏みとどまれないなと考えてしまった。しかし、踵を乗せるようにしたところで前の人の体重など一人分も引き受けられないだろう。雪崩落ち現象を引き起こさないためには、踵をステップに乗せること,手すりがあるところでは必ず手すりを持つことだろうか。さらに言えば、後ろ足を一つ下のステップにかけて持ちこたえるのが一番力が入るから、階段を登る人の全員がステップを一つずつ以上空けて登ることである。

似たことが車の運転でも言えると思う。一般に車間を詰めすぎだ。前の車が事故ったら、あるいは急ブレーキを踏んだら玉突きを起こしてしまう。私自身、前の車が急ブレーキを踏んだ時、ギリギリ自分の車を止めた覚えがある。つまり、これも前を走る車が普通に何事もなく走っていくという前提で取っている車間になってしまっているということなのだ。私は比較的、前の車との車間をたくさん取る方なのだが、するとその隙間に入り込んでくるヤツがいて、また車間を取りなおすことが多い。道路での車間を詰めても、どうせ目的地に早く着くわけではないから、すこしでも安全サイドに立った運転を心掛けるべきだろう。

ちなみに車間やスピードをシステムで自動的にコントロールしようというのがITSである。また、電車のホームには自動開閉のドアが設けられ、ホームに落ちないような仕組みが作られつつある。また、車のスピード制限は、違反者を処罰することによって法律という方法で道路の安全を守ろうとしている。システムや法律で安全が守られるような仕組みを、人は不注意なものでミスをするものだという前提で、社会にビルトインしていくことが重要だ。しかし、安全は一人ひとりが心掛けるべきもので、なんでも法律やシステムに頼りきるわけにもいかない。各自が少しずつその重荷を背負うような自覚を持って行動するしかないし、これを習慣化すべきだろう。ちょうど寒い時には手袋をはめるようにである。ものごとは習慣化してしまうと苦痛でもなんでもなくなる。むしろ今の状態をよく見ると、リスクを考えない状態で習慣化してしまっていることがたくさんある。

 2011.2.20    論壇TOPへ戻る