寒い夜の話(失敗談―イイ話)

 

この話は失敗談として書くべきか、別シリーズでイイ話として書かしていただくべきか? 迷うところではあります。非常にお恥ずかしい話ではあるのですが、その日受けた大変な恩にそれこそ何も報いていないので感謝を表すという意味で書き留めてみたいと思います。

昔々、社会人となって2,3年目のことでした。例によって、その日も酒を飲んでいました。どこで呑んだか誰と呑んだかも、もはや覚えていませんが、神田か東京あたりで呑んだ帰りのことです。当時、会社の独身寮である三鷹寮に住んでいましたから、散々呑んで中央線に乗りました。すると、目が覚めたら中央線の終点高尾だったわけです。

もう冬の寒い夜でした。すでに登り電車は終わっていました。宿を見つけるか、タクシーで帰るしかないわけです。宿は、このあたりは連れ込みが多くて、前に男一人で泊まるのはつべこべと断られた記憶があります。タクシーの方は、乗り場に車が出払っていたので財布にいくら残っているのか調べながら並んでいました。なにせ東京から三鷹に帰るのと、高尾から三鷹に帰るのといい勝負の料金だったと思います。こりゃあ、寮に帰っても誰かたたき起して金を借りるしかないなという状態でした。そこへ次の電車がついたのか、もう一人若いのがやってきて、さらにもう少し年配のお父さんがやってきた。若い奴と「ホテルもわからんし、タクシーも金が心配でね」などと話していると、3番目に並んだお父さんが「君たち、どこまで帰るの?」と声をかけてきた。震える寒さの中で金がない話など何処までしたのかどうか良く覚えていないが、お父さんの家は国分寺で「タクシーに一緒に乗って行こう。今夜泊めてやる」という結論になった。

 タクシーの中で酔っ払い同士の自己紹介が始まった。若い奴は勧業角丸証券のサラリーマン2年生で私より若かった。お父さんはNTTにお勤めで、「君たちはNTTの同僚ということにするから間違わんようにな」と言われた。お宅に着いても、奥さんに紹介され「金井でございます」「xxでございます」などとやったわけである。そこでお父さんさらに酒を用意しろと奥さんに言いつけるので、「イヤイヤ、もう飲めませんので」と恐れ入りながらやっと寝させてもらった。もっと驚いたのは翌日のことである。奥さんに挨拶して聞けばお父さんはもう出て行ったというのである。おまけに「あなた達、本当はNTTの人間じゃないでしょう」と笑われて「へい、実は・・・・・・・・」と白状して、別に叱責もされませんでしたがほうほうの態でお宅を逃げ出しました。駅までの道を勧業角丸証券の若い彼と何を話したかも覚えていませんが、混乱と恥ずかしさと寒さで頭の中は一杯でした。私の悔いは、すぐになにか御礼を表しておかなかったことです。出る時に住所も書きとめておかなかったので時間がたったらお宅までいくこともできなくなってしまいました。その時は、その場を逃げ去ることで頭がいっぱいになってしまったわけです。

 恩は直接受けた人に返すだけではなく、また別の人に自分の受けた親切を返していくのを「恩送り」というのだそうです。しかし、帰れなくなった見ず知らずの酔っぱらいを自宅に泊めるという恩返しの仕方は女房が怖くてできそうにありません。

(2011.11.12)

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