人生最大の忘れ物?

 

 小生、恥ずかしながら58年生きていて何度も忘れ物をしているのですが、今のところこれが人生最大の忘れ物といえそうです。 時は1971年、今から40年前、大学受験の時でした。なんと受験証を忘れてしまいました。大学受験に行くのに受験証を忘れる奴があるかということではありますが、まあ、やってしまったのです。

私は群馬県・高崎の出身で一橋大学を受験するにあたって、武蔵小金井に宿をとりました。父親が当時の国鉄に勤めていたので、安く泊まれる国鉄関係者の寮のようなものを頼んだようです。当日、武蔵小金井から国立に行く電車の中で、虫が知らせたか受験証を忘れてきたのに気がつきました。(どうせなら虫の奴め、もっと早く知らせろよと言いたいところだったし、国立から遠い武蔵小金井なんかに宿をとった父親にも文句を言いたいところでもありました)もう、取りに戻っても試験には間に合いません。仕方ないのでクソ度胸を決めて大学に行ってみることにしました。

もう良く覚えていないのですが、会場には入れたと思います。そこで一旦席について、受験証をチェックに回ってきた係りの人に「実は受験証を忘れました」と告げました。そこで係りの人が何人かで相談をしていましたが、とにかく「こっちへ来なさい」ということで別の部屋に案内されました。そこで届けてある写真と私の顔を見比べたりして本人であることは間違いなさそうだということになってきました。更に、住所を聞かれたり、父親・母親の名前を聞かれたりで着々とクリアしていったのですが、本籍を聞かれて「群馬県・・・・・鳥羽町、あの〜 住居番号に自信がないのですがXX番 ・・・」と怪しくなってしまいました。案の定、申し上げたXX番は間違っていました。それでも本籍の地番くらいまでは暗記してないかもしれないということになったのでしょうか、「頑張りなさい!」と励ましのお言葉までいただいて試験を受けさせてもらいました。試験が終わって宿に帰ったら、受験証が卓袱台の上にキッチリ置かれていました。忘れないように準備して確認までしていたのに、キッチリそのまま忘れていってしまったわけです。

 これは一次試験でしたが、合格発表の掲示板に自分の番号を見つけた時は本当に嬉しかったですな。

二次試験は度胸が決まったというのでしょうか、どうせ一度死んだ命だからといった太平洋戦争の生き残りみたいな心境に入れました。まあ、とにかく運がよかったのでしょう。自分の評価では、これで合格しなければあきらめがつくといったような出来でした。それにしても受験証を忘れるような奴はマイナス何点とか、そもそも不合格なんてやられかねないというのが心配でしたが、結果は合格でした。口の悪い友人によれば「おまえは、それでゾーンに入れたんだ。受験証を忘れたおかげで受かったのさ」だそうです。しかし、昔からバカばっかりやってきました。係員の人達に感謝、おおらかなる我が母校に感謝、幸運に感謝。

(2011年11月)

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