住基ネットが合憲となった(そして個人IDは)

22008年4月12

初版2008329

 

住基ネットが合憲となった(日本経済新聞2008年3月7日)。プライバシー権を侵害し違憲だとして、大阪府など四府県の住民が国や自治体に個人情報の削除を求めた四件の訴訟の上告審判決が六日、最高裁第一小法廷であった。住基ネット訴訟は全国で約60件起こされているが、いずれのケースも@住民の承諾なしに個人情報を記載することがプライバシーの侵害にあたるかA情報漏れや不正利用の可能性などシステム上の欠陥はないかが争点となっていたという。最高裁判決では、住基ネットに記載される氏名や住所などの基本情報は、個人の内面にかかわる秘匿性の高い情報ではないため「個人の同意なく記載しても憲法違反とは言えない」と指摘。住基ネットの情報漏洩や目的外使用については、法律で刑罰や懲戒処分の対象とするなど厳しく禁じているため具体的な危険は生じていないと判断して合憲としたということである。

 

日本経済新聞の社説には、合憲となったのだから厚生労働省が進めている社会保障カードとの連携を求め、生存確認などが速やかにできる住基ネットと連携させ、精度を高めることが、新しい社会保障カードにも必要としている。一方、朝日新聞の社説では、大阪高裁判決で「住基ネットを使って名寄せすれば、役所にあるさまざまな個人情報を際限なく集めたりつなげたりできる」と指摘していることをあげ、現実にいま社会保障カードを住基カードと結びつける検討が進んでいる。情報の集積が進めば、ひとたび流出した時の権利侵害の程度は大きくなるとのべている。住民の不安を解消するに十分な説得力がないとし、監視のための第三者機関を設けることと、住基ネットの効果に疑問を呈し住基ネットの使い道を広げようとすることがないようにという意見をのべている。つまり、一方は二つを繋いで効率を上げろと言い、他方は繋げるのは危険だといっていることになる。

 

しかしながら、これらの議論は中途半端で、どうも根本から間違っている気がする。そもそも住基ネットの構想が中途半端で間違っていたのだと思う。日経新聞によれば、住基ネットのシステム構築には約390憶円、年間運用費に150億円前後がかかっているという。一方、住基カードの交付枚数は2007年末時点で187万枚。普及率は1.5%にすぎないということである。コストと効用がさっぱり釣り合っていないのである。その原因は何か?

 

住基ネットとは何のために作ったのだろうか?各自治体が保有する住民基本台帳を電子化しネットワークで結ぶことで、転入や転出、出生などを一元管理できるようにしている。それで何ができるようになるのかというと

1.        居住地以外でも住民票の写しの交付が受けられる。

2.        住民は旅券申請手続きなどの際、住民票の写しの添付が必要ない。

3.        市町村長が交付する公的な身分証明書として使える。

4.        電子証明書・秘密鍵の保存カードとなる。

5.        年金受給者が年1回生存している事の照明の捺印を市町村の窓口でもらい葉書で社会保険庁に返信していた「年金受給権者現況届」が200712月から不要になる。

 

ということらしい。調べてみて驚いたのは、住基ネットカードは市町村単位の発行なので転居時などに転出先への返還・転入先での新規取得を要しパスポートや運転免許証と違い一度取得すれば半永久的に全国で通用するわけではいのだそうである。つまり、住基ネットを利用すれば、「日本中どこからでも住民票の写しを手に入れられる」というのは嘘ではないが、市町村をまたがった移動をしなければという限定つきなのだ。何故どこでも使えるものにしなかったのだろうか?それに私が調べた限り、戸籍謄本・抄本は住基ネットでは扱われていないらしく名前も出てこない。どうなっているのだろう?

 

こんな中途半端なものを作っておいた上で、厚生労働省の「社会保障カードの在り方に関する検討会」で社会保障カードの2011年度導入をめざす構想をぶちあげている。これにより、社会保障カードを一人一枚発行し、年金手帳や健康保険証、介護保険証の役割を兼ねることになり、自宅のパソコンなどで年金保険料の納付記録や医療の診療報酬明細を閲覧できるようにするなどの利便性を高めるという。ただ、そのコスト負担はどうかといえば、「厚労省や検討会は社会保障カードの発行・運営費用全体は試算していない。全体数百憶―数千億となる可能性がある費用をどうするか今後の大きな課題になりそうだ」(日経新聞2008122日)ということである。この混乱を整理するには、@個人識別IDを作る、A連携、BICカードとシステムという3つの観点から考える必要がある。

 

<個人識別IDを作る>

そもそも、住基ネットカードや社会保障カードに必須な要件とはなんなのだろうか?それは、人間ひとりひとり、国民ひとりひとりを区別して管理するためにユニークな番号をつけるということなのである。それが国民総背番号制度だという言い方で非難するなら、まさしく何が悪いというしかない。国民ひとりひとりを正しく認識しないと、当然いろいろ問題がおこる。例えば、横浜市は、同市旭区の40代男性が滞納した住民税を徴収しようとして、誤って県外の別の男性の生命保険を職権で解約し、払戻金24万円余りを差し押さえていたと発表した。二人は同姓同名で生年月日も同じだったという。(毎日新聞2007928日)つまり、姓名・性別・生年月日の組み合わせでは誤認の可能性があるということなのである。姓名は画数による姓名判断があるせいか、組合せは同じになりやすく、かなりの同姓同名がある。その同姓同名に性別・生年月日を組み合わせたところでユニークにならないのは予想されることである。もしユニークにしたければ、生まれた時点で審査してユニークにならない名前はつけさせないようにするしかない。必要なことは国民一人一人にたいして一意の固有IDを作ることなのである。それがあるなら、市町村を移ったとしてもあらためて住基ネットカードを出しなおす必要はない。もっと言えば、必要なのは日本国民というデータであって、決して市町村ごとにデータベースが分かれている必要などないのである。ひとつのデータベースの中で何処に住んでいるのかというデータが入っていれば十分なのであって、運用コストを考えれば住民サービスを行うための仕組みは日本全体で共通化したほうが安上がりになる時代になっているはずである。また、これだけ外国人が日本に住んでいる時代では、日本国民だけでなく外国人・移民をどうとらえるかも考慮した仕組みになっている必要がある。

 

社会保障カードは何のために作るのか、年金、医療、介護、雇用など社会保障関連の個人情報を統合管理するためだという。これも行き着くところ国民一人一人を正しくとらえなければならないから個人を識別するIDの問題である。公的年金や医療保険などは現在、それぞれの加入者に対して制度毎に固有の番号をつけている。転職や結婚などのたびに番号をつきあわせる必要があり、年金の記録漏れ問題の背景にもなっているという。また、医療の記録は医療機関ごとに管理されて、診療カードなどの番号で記録・保管されている。カルテなどの医療データや検査データ、投薬記録も個人の承認さえあれば、医療や投薬を受ける際の参照データとして使えるようにしていくべきであろう。薬局が投薬の飲み合わせの危険をチェックするためには個人の投薬記録について薬局をまたがって個人というくくりで参照できなければならないし、緊急時の医療のためには、検査記録や医療記録が参照できる必要がある。また、医療保険を扱うなら、生まれた途端に医療サービスの世話になるわけだし、結婚したり、転職したりすれば所属する保険が変わることになるので、生まれた時から発行されるベースになるコードによせて変更・記録していくことにしなければ不便でしかたがない。住所を届けるのも、出産、死亡等を届けるのも一度の手続きにしたいものである。これを効率よく管理・運用しようとすれば、生まれた時から個人に一意の番号をつけて管理していこうということになる。しかし、そんなものを何種類も作っても管理しきれないのは、住民の側も官庁の側も同じである。社会保障カードも住基ネットカードもいっそのこと一緒でいいのではないか?あえて別にする必要はないのではないか?というところに行き着いてしまう。

 

<連携>

ここでクローズアップされるのが、連携という問題である。当然、どちらも全国民に一意の番号をつけるなら二つ作らなくてもとなる。二つ作る理由があるとすれば、別の番号体系にして切り離しておいた方がセキュリーティー上望ましいというケースが考えられる。一方で連携させていくのは、社会保障や徴税など国家管理機能にかかわるコストを最小化し小さな政府を実現するためである。また、国民に同じような届出を何度も要求しないという意味ではサービスの向上にもつながる。ちなみにアメリカのsocial security numberという制度は税金と社会保険を統合する仕掛けとなっていて住基ネットも兼ねていると言って良いと思う。これに対して日本の現状は住基ネットカード、社会保障番号(ここで社会保障と医療保険・介護保険を扱う予定)を別々に作ることになっているが、税金を扱うつもりはないようだ。アメリカのsocial security numberでは、企業が源泉した税金や社会保険料をsocial security numberを付したデータをsocial security officeに送ると伴に資金送金することになる。確定申告時には、social security numberで申告するし、扶養者の控除をとるにもそのsocial security numberが必要なしくみになっている。あらゆる所得を把握するためだろうが、銀行口座を開くにもsocial security numberを届ける必要があるし、外国人が働いて所得を得るにもsocial security numberを取得し雇用主にとどけなければならない。これは不法移民の捕捉にもつながっている。また今日本で必要だとしている年金特別便にあたるものになるのだろうが、徴収した社会保険の納入額と給付見込みについては印刷されたものは毎年郵送されてくるしくみになっている。税金と社会保険の統合により、脱税者を補足が容易になり課税の公平性に資するだろうし、少なくとも徴税と社会保険の事務がはるかに軽くなるだろうから、なぜ採用しなかったのか私には納得できない。アメリカがいつも正しいわけではないのが当然であるが、そこに実験例があるのだから失敗事例なのか成功事例なのか検証すべきだろう。私は、税金と社会保障、健康保険、介護、医療データとを一本化して、日本はアメリカを超えてしまっても良いのではないかと思う。

 

ICカードとシステム>

もう一点、指摘しておきたいのだが、ICカードを発行することと、システムを作ることとは一体ではないということである。統合IDをつけたり、それを連携させたりすることは別にICカードを発行しなくとも成立する。まず、住民基本台帳制度、社会保障番号制度、social security numberという制度が先にあり、ICカードの発行はそれを運用していく道具なのである。アメリカのsocial security numberという制度のもとでは、99.9%の人が紙カードをもっているだろうが、住基ネットはICカードという最新鋭の武器を使っていても、1.5%の人しかもっていないという事実をみればよくわかるであろう。インターネットの発達によって、データを確認させたり、申告手続きなどのデータ更新さえもネットを通じてできるようになってきたりしている。これに道を開くとすれば本人がその行為を行っているという確認がいる。従来、銀行は磁気カードとパスワードという本人認証でATMを使用させてきたし、インターネットを通じての電子取引もさせてきた。昨今は、これを偽造やデータ詐取がしにくいICカードに切り替えたり、生体認証なども取り入れたりしつつある。しかしながら、従来のように紙カードを提示して官公庁の窓口で事務員が手続きをするという選択は残っている。どこからでも、インターネットを通じてデータを参照したり、更新・追加したりできる状態というのは、官公庁の担当者だけがアクセスできる状態とくらべれば、本人認証が組み入れられているとはいえ、データベースを直接さわらせているという意味でセキュリティー的には若干弱いかもしれない。ただ、どちらを選ぶかは電子申請による窓口業務及びそのバックオフイス業務の合理化とスピードアップ、また住民に対する利便性向上というプラスの側面とこのセキュリティーの犠牲の可能性というマイナスの側面をはかりにかけて決めることであろう。今現在、社会保障カードを作るという発表がされても、これに対して国民総背番号制度の導入だというような非難のしかたは見受けられないようだ。社会保障カードを作るということは、その前に番号を振る作業があり、その番号はどのような番号か決めねばならないのだが、現状では結論が出ていないようだ。(注1) カードを発行してデータベースにアクセスさせることに合意ができているのなら、私の言う個人識別IDにあたるものがその番号にならざるをえないと思うのだが、どうなのだろう? 

 

結論として、データベースは一元化されている方が使い勝手が良いし、コストも安い。時代はもはや市町村別に医療機関別に関係省庁別に作られてきた台帳をそのままデータベースとした世の中から、地域や職域を移り住むことがあたりまえとなり、コンピュータの能力も高まったのだから国民をベースにしたデータベースに再設計しなおす時代になっている。残るところは、このようなデータベースを連携できないように、どことどこを切っておくという選択があるのかという検討だろうし、本人以外の誰がこのデータをどういう形で利用できるのかという利用者の制限だろう。負の側面をどうやって補うかは十分検討し手をうたねばならない。しかしながら、今の住基ネットの設計は総背番号制度反対の声に妥協してか、地方の政治利権に押されてか、業界利権に押されてか何も選択せず何も変えていないかに思える。何もしないで怖がって目をつぶっているより、勇気をもって繋ぐべきところは繋ぎ、分断すべきところは分断するという選択・決断をしていかなければならない。これは将来世代に残す重大なインフラの設計なのである。

 

金井章男

 

注1                      日本経済新聞によると「社会保障カードの在り方に関する検討会」は社会保障番号制度について四案併記で絞り切れていないようだ。@各制度共通の統一的な番号Aカードの個体識別番号B各制度の今の被保険者番号C基本的な四情報(氏名、生年月日、性別、住所)を利用するという四案なのだそうである。

注2                      ICカードの発行は各種のものが議論されている。公共のものでもパスポート、運転免許証は俎上にのっているようであるし、半公共のものとしてタバコの自動販売機利用の規制のためすでに導入が開始しているTASPOなどがある。

IDメニューへ戻る
TOPへ