市町村・県民税もなんとかしてくれ(訂正版)

 

先日の年金データが未統合のまま5000万件にも驚いたが、また驚かされた。6月には、市民税・県民税特別徴収税額の決定通知書なるものが会社を通じて配られた。ごていねいに私の部門全員の通知書が袋詰めされ、重要な個人情報だから確実に本人に手渡すよう注意書きがついていた。何故、個人に直接の郵送をしないで、会社を通じて配らせるのか? 事情を聞いてみると、この紙上の数字を市町村・県民税の源泉徴収するためのデータとして、会社が入力しているという。しかも12か月分入力していると聞いて本当に驚いてしまった。何故、こんな非効率がまかりとおっているのか?

 

アメリカで給与計算をやっていた経験によれば、ASPソフトの供給者やパッケージ・ソフトのベンダーが年度替わりの時に、制度変更に応じてサーバー側で計算テーブルを直してくれるか、アップデートするために電子媒体を送ってきていたはずである。だから州や市町村が従業員の個人データを送ってくることなどなかった。何故こうなっているかといえば、アメリカは当年度所得を基準に源泉していたからであり、日本での計算は、前年度の確定申告後の所得を元に確定の税額を取ろうとしていることに原因がある。日本でも国税については、企業が当年度所得を基準に源泉するという予定納税を行っている。何故、市町村・県民税だけ前年度の確定申告後の所得を基準にした確定額で徴収しようとしているのだろうか? このせいで、新卒定時採用者は前年度所得がゼロであるから市町村・県民税もゼロであり課税されない。逆に一年遅れで課税しているから、退職者は年金生活に入っていても前年度所得を基準にした相対的に大きな課税額があることになっている。サラリーマンも大変だが、スポーツ選手や芸能人のように大幅な所得変動がある人達は、下り時期にあたるとさぞや大変だと思われる。国税は、当年度所得を基準にした予定納税をさせ、年末調整もしくは確定申告でそのずれを調整しているのだから、地方税も同じやり方をしてはどうだろうか。私の経験では、アメリカの州税は、予定納税で源泉し確定申告で調整していたし、市町村民税は確定申告した覚えがないからローカル政府間で調整がされていたのだと思う。どうせ確定申告後の所得は国税庁に集まるのだから、地方ごとの課税の条件を集約してあれば、国税、県民税、市町村民税で所得にリンクして決まるものだけ再計算して国・地方政府間で調整するだけのことだと思う。アメリカのまねをすることに意義など感じないが、なにせ一億人のデータをやり取りするのはあまりに馬鹿げているから考慮するのに値する。

 

某有力ASP業者に伺ったところでは、紙で市民税・県民税特別徴収税額の決定通知書を配るのに加えて電子媒体でのデータを提供している自治体は存在し、業者のASPもこれを受け入れる仕掛けもあるのだそうだが、形式が不統一なため設定がめんどうなのと数少ない自治体しか行っておらずかえってチェックが面倒になるという理由で紙から手入力している会社が普通とのことである。私の勤務先である従業員約一万人の会社では、この時期のみ特別にアウトソーシングの人を雇うそうで、約1人月かかっているそうである。おまけに自治体側で紙を郵送する手間をかけ、企業側でまた各所属に配布する人手がかかる。なおこの業者さんに、自治体で組織される「地方税電子化協議会」(総務省がオブザーバーで入っている)によって運営されるシステムで、eLTAXと呼ばれる地方税ポータルシステムが準備されている旨の紹介を受けた。これまで地方税の申告、申請、納税などの手続きは、それぞれの地方公共団体へ行う必要があったが、電子的な一つの窓口からそれぞれの地方公共団体に手続きできることをめざしているものであり、 この申告を行った場合に特別徴収税額のデータを受け取れるようになるのではということであった。しかしながらこの企画の問題点は、平成19年1月現在、政令指定都市及び一部中核市の16団体が参加してはいるが、まだまだ時間がかかりそうで当面部分的にしか使えないことである。現にeLTAXの売りの中心は、電子申告、電子納税にあり、特別徴収税額の受取りというような点に力点はおかれていないように思える。個人データのやり取りを双方向にすると、また一段とシステムの製造コストが高くなりそうな気がする。

 

やはり、市町村・県民税も当年度所得を基準にした予定納税に切り替え、確定申告で最終納税額を調整する方式に切り替えるほうが社会全体として効率的ではないだろうか。市町村・県民税を計算するためのテーブルを各企業が持っている給与計算システムや給与計算業者が提供している給与計算システムで取り込めるような修正が必要になる。しかしながら、必要な計算式とパラメーターが定義されればそれほど難しいことではない。現在でもこれらのシステムで今の地方官庁から送られてくるデータに基づいて実際の給与から天引きし、これら地方政府に送金を行っているのである。必要な修正はこの金額を計算するロジックだけなのである。問題はある時点で当年度所得基準に移行した場合、前年度までの所得に対する課税分をどこで調整するのか決めねばならないことになる。これは決め事であるから向こう10年でとるとか20年でとるとか決めてプラス分として分割して課税するしかないだろう。幸いにして前年度所得から取るべき分の計算と通知システムはできあがっているわけだからこれをそのまま使えば良いだろう。(あるいは、制度変更であるからこれまでのことはチャラにして将来の地方税か消費税で吸収してしまう手もあるが課税の公平性には欠けるかもしれない。)このような調整の手間を考えても、現在考えられているようなデータをやりとりする方式よりも、予定納税への切り替えにかかるコストは大きくても一度だけであり、永遠にこのままいくよりずっと安上がりではないだろうか。今まで通りやるとしたまま考えた合理化案は、かえってコスト無視ではなかろうか。イノベーションを標榜するなら、やり方を変えることを恐れてはならないし、少なくともご検討・比較いただきたいものである。

 

私の愛読書である「日本軍の小失敗の研究」(三野正洋著)によれば、日本軍の三大飛行機工場のうち二つは、工場とテスト飛行場が離れた場所にあり牛車で運搬したという。なぜ牛車かといえば、牛の方が馬よりも静かに運搬させることができるからだそうである。同一敷地内に工場から自走し滑走路に入り、テストするというアイデアに誰も思いいたらなかったのか、思いついても言えなかったのか定かではないということである。一機でも早く飛ばして、戦列に加えたいという非常時に、戦闘機を牛車で運んでいるというのは滑稽でしかない。同じことは、年金でも市町村・県民税の計算でも言える。システムがどこからか途切れて牛車になってしまうのである。社会保険庁は、基礎年金制度導入以来、米国がソーシャル・セキュリティーの運用をどうしているのか全くチェックしていないのだろうか。米国では、毎年の控除額の履歴と予定給付額の通知が年に一回郵送されているのだから、「何を見習うべきか」などこの書類を見たら簡単に気づきそうな事なのである。本人に自分の記録がどうなっているかという情報も与えずに、本人の申請が無い限り統合作業はしないということを原則にしていたというのだから恐れ入る。また、多くの経済人・実務家もこれに気づかなかったのだろうか? この源泉税の計算にしてもしかり、見ればわかるのである。慣れてしまって見えなかったのか、気づいても言えなかったのか?! ちなみに、私は今現在、この時点で気がついたので声を大にして叫びたい!(手遅れでないことを祈りつつ)

 

金井章男  2007年10月

参考 eLTAX    http://www.eltax.jp/
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