統一ID を作れ                     金井章男

 日経新聞の同一紙面(2008122日)に二つの記事が隣合わせで載っていた。日経新聞社のコメントはなく、意図して並べたかどうか不明だが、馬鹿馬鹿しくも悲しい、非常に皮肉のきいた紙面であった。

 

 ひとつは、自宅パソコン確認可能(年金の納付記録)という記事である。厚生労働省の「社会保障カードの在り方に関する検討会」が発表したもので、ICカードを使って、自宅のパソコンなどで年金保険料の納付記録や医療の診療報酬明細書(レセプト)を閲覧できるようにするとのことである。実は、今でも社保庁は年金履歴について自宅のパソコンで閲覧できるサービスを提供しているが、事前申し込みが必要であり、希望した者だけが手続きをとってこのサービスを利用している状況にある。違いは希望者にではなく、「社会保障カードをICカード」でという議論をする時には、原則として一人に一枚あまねくカードを事前に発行して持たせておくということを意味する。この身分証明書にあたるカードを本人証明として、誰もが社保庁のデータを見れる結果、国民へのサービスも改善されるし、社保庁の業務効率もあがるという寸法である。

 

 もう一方は、たばこカード義務化だ。財務省は今年7月以降に設置されるすべての自動販売機に、ICカードで成人かどうかを見極める年齢識別機能の導入を義務付けると発表したという。未成年者の喫煙を防止する目的で、義務付け前に設けられた自販機についても早急に識別機能型への移行を求める考えで、通達に従わない小売店には営業停止を含む厳しい措置で臨むというからすごい。taspoと呼ばれるICカードを発行して、これを機械にかざして成人かどうか判定する。カードには氏名、会員番号、顔写真を入れ、利用者を明確化し、電子マネーとして使えるようにもするため、貸し借りや譲渡をおこりにくくさせるという。

 

 どちらもけっこうな話だが、両方ともICカードのコスト、読み取り機械のコスト負担が大変なのは目に見えている。どうして、一緒にしようという動きがでてこないのか。何故、日経新聞は「アホな」といわないのだろうか? もし、社会保障カードが行き渡っているのなら、これを使えば成人かどうかの判定などできるはずである。taspoは喫煙者のみに必要なのでありカードを無料発行するが、実際は喫煙者に負担させるのだからコストなどかまわないという問題でもあるまい。それに、酒の自販機はどうするのだろう?

 

 よく似た話で、建設業に携わっている私の個人的な経験では、工事現場での労務者をリアルタイムに把握するためにICカードを発行しようという試みがある。工事現場では、毎日誰が働いていて、健康診断の受診が定期的にされているかどうか、健康問題のある人間が重作業や高所作業についていないか、しかるべき資格を持った人間がしかるべき作業についているかチェックし把握していることが求められているが、重層下請の構造のうえに労務者自身の入れ替わりも激しいため実際の把握には苦労している。そこで労務者のデータを事前登録しておいてデータベースをつくり、データを繰り返し使えるようにしようということになる。ところが、本当にその日その日で入れ替わる労働者個人を把握するにはIDカードが必要になるのだが、これをゼネコンごとに発行していたのでは、ICカードのコストや発行などの管理手間がかかってしかたがないのである。建設業界としてそのようなICカードを発行しようという呼びかけの二度目の試みが今また行われている。これも、もし社会保険カードがあるならそれを使えばすむことなのである。政府の縦割り行政の結果であり、指導力のなさとしか思われない。

 

重要であり大変なことは個人を把握することである。建設就業者のICカードを発行したとしよう。その場合、新たに建設業に働こうとした就業者にダブらないように連番を振っていくことになる。一度建設業に従事したが、しばらく別の産業にいてまた戻ってきた時にICカードを紛失していたら、昔の発行されたID番号があることを調べ上げ再発行しなければならない。そうしなければ、資格や健康診断、建設業退職年金や過去履歴のデータとリンクできないのである。結局、建設従事者に限り背番号を振り続ける作業が重要なのである。Taspoの場合は、喫煙希望者に番号を振りつけていくことになる。少なくとも同じ人間が複数のカードを持てば不正につながるので同様に喫煙希望者のチェックを続けなければならない。色々な需要を考えれば、行き着くところ国民総背番号制度なのである。建設業の従事者だけ、喫煙者だけとやっていくより、国民全体に誕生と同時に番号を振って維持していくほうがずっと合理的で使い勝手がよい。アメリカでは、ソーシャル・セキュリティー・ナンバーを子どもが生まれたらふっていく。(税の申告時に控除を得るには、子供の番号の申告が必要)外国人の場合でも働こうとしたらこのソーシャル・セキュリティー・ナンバーを取らなければならない。基本的には税金と社会保険料の徴収がこれを通じておこなわれるため、米国で所得を得るためには必須になっているわけである。これを日本では、プライバシー侵害につながるとして住民基本台帳導入が不調に終わった。まずICカードの前に、個人にIDナンバーをつけるということに覚悟を決めるのかどうかということが先にある。一人に一つずつ固有のIDナンバーをつけることは、ICカードがなくてもできることであり、どういう制度を作るかは道具以前の問題なのである。

住民基本台帳がどこまで構想していたかしらないが、日本版ソーシャル・セキュリティー・ナンバーと考えれば、当然期待されるのは、税金の納付管理を行う、年金の統合ナンバーとして使用し年金保険料と年金給付を一元管理する、医療保険ナンバーとして診療記録・投薬記録・検査記録・請求管理などに使用する、介護保険証などに使用するということであろう。年金の統合を決めた時に一体どうやって統合するつもりであったのか?単純に考えたら一人ずつにIDを振り、この番号のもとに統合することを考えるのではないだろうか。統一のためのIDナンバーなしに、職場が変わり結果として年金種類が変わり、住所がかわり、結婚等によって姓も変わり、姓名の読みは何通りもあることが当然である国民を相手にどうやって名寄せをしようとしていたのだろうか?統一のIDをつくり、現在開発しているといわれる名寄せプログラム(姓名、性別、生年月日による)を作る以外にどんな方法があるというのか?年金の統合を決めた瞬間に統一IDを作ることに決めたのと同じと考えないのだろうか?名寄せプログラムを今まで作っていないのもわからないし、作ったとしてもその結果は確認しない限り怪しい。マッチングしきれないものが大量に残るであろうという想像は当然のことだから、本人確認のための郵送を考えたらやはり統一IDによる住所把握が必要だということに思い至らないのだろうか?医療データにしても、緊急時に病歴を知ることや投薬履歴を統一的に把握できるためには、医療記録が個人IDのもとで関係づけられることが必要である。緊急時以外でも検査結果のデータのやり取りや医療機関・医療保険機関とのやり取りにも個人IDが統一されることが必要である。今、各種医療の検査データは医療機関ごとに管理されているが、本来、医療データというのは個人に帰するものである。統一IDが必要で統一化・標準化はやらざるをえないことを認めたうえで、もし、プライバシー侵害を心配するなら、このような統一IDをいくつかの体系に分割して、一つの省庁が勝手に全てのデータを参照・利用できないような工夫をすることである。税金も病歴も年金も犯罪歴もすべて一元管理では危険すぎるというなら、その危険をどう回避するか考えるべきであって、統一IDを作ることそのものを否定してもしかたがない。医療や年金などの事務処理の非効率をそのまま放置することであり、網の目をかいくぐる不正者・犯罪者を放置することにつながる。統一IDがあってこそ、ITの力が生きるのである。どうも本当は総背番号(=統一ID)を作らねばならないのに正面から議論せず、中途半端なそれに近いものを作って官庁の仕事を増やしているかのようにも見える。

 

同様なことが企業IDにも言える。統一された企業IDが現在ないわけであるが、これにより企業側にもこれを管理する官庁や社会の仕組みに非効率が放置されている状態である。まず、官庁の入札については、電子入札が導入され、電子納品、電子契約につなげていく努力がなされている。しかしながら、国レベルでも省庁毎に違っていたものが統一しきれずに残っている。さらに地方でも電子入札を導入しようとしているが、これがまた地方ごとに異なるしくみが展開されようとしている。税務申告などの各種公的手続きも同様である。200818日の日経新聞には、経産省、厚生労働省、法務省、社会保険庁、国税庁の5省庁は、企業が納税申告などの公的手続きをインターネットで簡単にできるシステムを開発する予定で、20091月をメドに導入し50万社の採用をめざしているという。対象としているのは従業員の納税や商業登記、年金、雇用保険などだそうである。これも企業が専用のパスワードやIDを入力してサイトに入り、売上高や従業員数、給料などの数字を入れれば、法人税額や従業員の所得税額などが算出される仕組みである。今まで、国税はE-tax, 地方税はL-taxという仕組みがあるがその利用度は低い。この5省庁の目指す新システムの想定は、現在3%のオンライン申請利用率を13%に高めることだそうである。また、企業間でも電子商取引を導入してきているが、これも統一のIDなどないから、業界や企業ごとにバラバラで決まっていくことになっている。200818日の日経新聞によれば、全国銀行協会は電子版の手形交換所を作り、電子データの形で債権をやり取りするしくみを2010年から稼働させる予定であるという。その際には、銀行ごとのIDを使って取引していくつもりなのだろうか? その場合にはおそらく口座の数だけIDが必要で、企業ごとの認識は券面の文字ベースでやっていくことになるのだろうか?電子商取引が発展していくためには法人として登記する際に、企業としての統一IDを振られることを必須にすることである。企業はその名のとおり法人であり、個人と同じレベルで商取引にも参加する。また、その企業を代表して署名できるのは自然人である個人である。従って、企業の統一IDも個人の統一IDもどちらも揃って重要である。プライバシー侵害というヒステリックな錦の御旗の前に、個人の統一IDが作れない状況を考えれば企業に統一IDを振るほうが簡単そうな気がする。これを突破口にして統一IDの必要性と便利さを国民に周知できるのではないだろうか?必要な標準化やベースがなければ、ITのイノベーションなぞ期待できない。

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